抜け毛が増えたり、髪が細くなったりして相談にいらっしゃる方が多いですが、甲状腺の不調が原因であるケースも見受けられます。
女性に多い甲状腺の病気は髪の健康と密接に関わっており、気づかないうちに薄毛を進行させる場合があります。
しかし、甲状腺の状態は血液検査で詳しく知ることができます。
この記事では、甲状腺ホルモンが髪に与える影響、薄毛の特徴、そして血液検査で何が分かるのかを専門的な観点から分かりやすく解説します。
甲状腺と髪の毛の深い関係
「薄毛の悩み」と「甲状腺」は、一見すると無関係に思えるかもしれません。しかし、私たちの体の健康を維持する上で重要な役割を担う甲状腺は、髪の毛の健康にも深く関わっています。
甲状腺の働きが乱れると、体だけでなく髪にも様々なサインが現れるのです。
まずは、甲状腺の基本的な働きと、髪に与える影響について理解を深めましょう。
甲状腺ホルモンの役割とは
甲状腺は、喉ぼとけの下あたりに位置する、蝶が羽を広げたような形をした小さな臓器です。
ここから分泌される「甲状腺ホルモン」は、全身の細胞の新陳代謝を活発にする働きを持ちます。いわば、体の活動を調整する「エンジンのアクセル」のような存在です。
このホルモンが適切に分泌されて、体温の維持、心臓や胃腸の働き、脳の活性化など、生命活動の根幹が支えられています。
髪の毛も体の細胞の一部であり、その成長は甲状腺ホルモンの影響を直接受けます。
甲状腺ホルモンの主な働き
| 分野 | 主な働き | 具体例 |
|---|---|---|
| 全身の代謝 | 新陳代謝の促進 | エネルギー産生、体温調節 |
| 成長と発達 | 身体や脳の発育を促す | 特に胎児期や小児期に重要 |
| 各臓器の機能 | 心臓、胃腸などの活動調整 | 心拍数の維持、消化活動の促進 |
髪の成長サイクル(毛周期)への影響
髪の毛は、一定のサイクル(毛周期)を繰り返しながら生え変わっています。毛周期は「成長期」「退行期」「休止期」の3つの段階に分かれます。
健康な髪の大部分は、毛母細胞が活発に分裂して髪を伸ばす「成長期」にあります。
甲状腺ホルモンは、この毛母細胞の活動を正常に保ち、成長期を維持するために重要な役割を果たします。
ホルモンバランスが崩れると毛周期が乱れ、成長期が短くなったり、多くの髪が一斉に休止期に入ってしまったりします。
毛周期の各段階
| 段階 | 期間の目安 | 状態 |
|---|---|---|
| 成長期 | 2年~6年 | 毛母細胞が活発に分裂し、髪が成長する。 |
| 退行期 | 約2週間 | 毛母細胞の活動が止まり、成長が停止する。 |
| 休止期 | 約3ヶ月~4ヶ月 | 髪が抜け落ちるのを待つ期間。 |
なぜ甲状腺の異常が薄毛につながるのか
甲状腺ホルモンの分泌が多すぎても少なすぎても、毛母細胞の正常な活動が妨げられます。
ホルモンが不足すると(甲状腺機能低下症)、全身の代謝が落ち込むため、毛母細胞の活動も鈍くなります。これによって髪の成長が遅くなり、成長期が短縮してしまいます。
逆にホルモンが過剰になると(甲状腺機能亢進症)新陳代謝が異常に活発になり、毛周期のサイクルが速まります。
その結果、髪が十分に成長する前に退行期・休止期へと移行し、抜け毛が増加するのです。
甲状腺機能の異常による薄毛の特徴
甲状腺の機能異常によって起こる薄毛には、いくつかの特徴があります。
甲状腺機能低下症と甲状腺機能亢進症では、髪の抜け方や髪質にも違いが見られます。
甲状腺機能低下症と脱毛
甲状腺ホルモンが不足する「甲状腺機能低下症」(代表的な疾患に橋本病があります)では、髪の成長が全体的に遅くなります。
毛周期における休止期の割合が増えるため、広範囲にわたって髪が少なくなる「びまん性脱毛」が起こります。特定の場所だけが抜けるのではなく、全体のボリュームが減ったように感じるのが特徴です。
また、髪が乾燥してパサパサしたり、ツヤがなくなったり、切れやすくなったりする髪質の変化も伴います。
眉毛の外側3分の1が薄くなるのも、特徴的な症状の一つです。
甲状腺機能低下症の髪以外の主な症状
- 疲れやすさ、だるさ
- むくみ(特に顔や手足)
- 寒がり、冷え
- 体重増加
- 気力の低下、うつ傾向
甲状腺機能亢進症(バセドウ病)と脱毛
甲状腺ホルモンが過剰になる「甲状腺機能亢進症」(代表的な疾患にバセドウ病があります)でも、薄毛は起こります。
この場合、新陳代謝が活発になりすぎるために毛周期が短くなり、髪が十分に育つ前に抜け落ちてしまいます。
こちらも全体的に髪が抜ける「びまん性脱毛」が特徴です。髪が細く、柔らかくなる傾向があります。
治療を開始した後に一時的に抜け毛が増える場合がありますが、これは乱れた毛周期が正常に戻る過程で起こる現象であり、多くは時間とともに改善します。
甲状腺機能亢進症の髪以外の主な症状
- 動悸、息切れ
- 暑がり、多汗
- 体重減少
- 手の指の震え
- イライラ、落ち着きのなさ
脱毛の範囲と髪質の変化
甲状腺疾患による脱毛は、男性型脱毛症(AGA)のように生え際や頭頂部が局所的に薄くなるのとは異なり、頭部全体が均等に薄くなる「びまん性脱毛」が主な特徴です。
そのため、分け目が目立つようになった、髪を束ねたときの量が減った、地肌が透けて見えるようになった、といった形で自覚する方が多いでしょう。
髪質の変化も重要なサインです。以前と比べて髪がパサつく、細く柔らかくなった、コシがなくなったと感じる場合は、甲状腺の機能異常が関係している可能性を考える必要があります。
機能異常による脱毛・髪質の特徴
| 項目 | 甲状腺機能低下症 | 甲状腺機能亢進症 |
|---|---|---|
| 脱毛のタイプ | びまん性脱毛 | びまん性脱毛 |
| 髪質の変化 | 乾燥、パサつき、硬くなる | 細く、柔らかくなる |
| その他の特徴 | 眉毛の外側が薄くなることがある | 治療初期に脱毛が増えることがある |
他の薄毛との見分け方
女性の薄毛の原因は様々です。加齢やホルモンバランスの変化による女性男性型脱毛症(FAGA)、頭皮環境の悪化によるもの、過度なダイエットによる栄養不足、ストレスなどが挙げられます。
甲状腺疾患による薄毛を見分けるポイントは、髪以外の全身症状を伴うケースが多い点です。
前述したような「疲れやすさ」「体重の変動」「気分の変化」など、思い当たる症状があれば、甲状腺の異常を疑う一つの根拠になります。
自己判断は難しいですが、これらのサインを見逃さず、専門医に相談することが大切です。
血液検査で明らかになる甲状腺の状態
髪や体の不調が甲状腺によるものかを確認するためには、血液検査が非常に有効です。
血液中に含まれる甲状腺関連ホルモンの量を測定すると、甲状腺が正常に機能しているか、機能低下や亢進の状態にないか、またその原因が何かを詳しく調べられます。
甲状腺ホルモンを調べる主要な検査項目
甲状腺機能を評価するための血液検査では、主に「TSH」「FT4」「FT3」という3つの項目を測定します。
これらは甲状腺ホルモンの分泌をコントロールする司令塔と、実際に体内で働くホルモンです。これらのバランスを見て、甲状腺の状態を正確に把握します。
また、甲状腺疾患の原因を探るために、自己抗体の有無を調べるケースもあります。
主要な甲状腺ホルモン関連検査項目
| 検査項目 | 正式名称 | 役割 |
|---|---|---|
| TSH | 甲状腺刺激ホルモン | 脳下垂体から分泌され、甲状腺にホルモン産生を指令する |
| FT4 | 遊離サイロキシン | 甲状腺から分泌される主要なホルモン(貯蔵型) |
| FT3 | 遊離トリヨードサイロニン | FT4から変換され、実際に細胞に作用するホルモン(活性型) |
TSH(甲状腺刺激ホルモン)の数値が示すこと
TSHは脳の一部である下垂体から分泌されるホルモンで、「甲状腺ホルモンをもっと作りなさい」という指令を出す役割を担います。
体内の甲状腺ホルモンが不足すると、下垂体はTSHを多く分泌して産生を促します。逆に、甲状腺ホルモンが過剰になると、TSHの分泌を減らして産生を抑制します。
このため、TSHは甲状腺機能の変動を最も敏感に反映する指標とされています。
TSHが高い場合は甲状腺機能低下症が、低い場合は甲状腺機能亢進症が疑われます。
FT4・FT3(甲状腺ホルモン)の数値が示すこと
FT4とFT3は甲状腺から分泌され、血液中を循環して全身の細胞に作用する実働部隊のホルモンです。
FT4が主として分泌され、必要に応じて体内でより活性の高いFT3に変換されます。甲状腺機能低下症ではこれらのホルモンの値が低くなり、甲状腺機能亢進症では高くなります。
TSHとFT4・FT3の値を組み合わせて評価すると、より正確な診断が可能になります。
例えば、TSHが高くFT4が低い場合は明らかな甲状腺機能低下症ですが、TSHのみが高い場合は、症状が現れる前の「潜在性甲状腺機能低下症」の可能性があります。
自己抗体(TRAb, TPOAb, TgAb)の検査
バセドウ病や橋本病といった甲状腺疾患の多くは、免疫システムが誤って自分自身の甲状腺を攻撃してしまう「自己免疫疾患」です。この攻撃の原因となるのが「自己抗体」です。
血液検査でこれらの自己抗体の有無や量を調べると、病気の原因を特定できます。
TRAb(TSH受容体抗体)はバセドウ病で、TPOAb(抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体)やTgAb(抗サイログロブリン抗体)は橋本病で陽性になるケースが多いです。
髪の健康に関わるその他の血液検査項目
薄毛の原因は甲状腺だけとは限りません。髪の毛の主成分はタンパク質ですが、その成長にはビタミンやミネラルなど、様々な栄養素が必要です。
特に女性の場合、特定の栄養素の不足が薄毛に直結するケースが少なくありません。甲状腺の検査と合わせて、これらの項目もチェックすると、より多角的に原因を探れます。
鉄分(フェリチン)不足と薄毛
鉄分は血液中の赤血球に含まれるヘモグロビンの材料となり、全身に酸素を運ぶ重要な役割を担います。頭皮の毛母細胞も、分裂・増殖するために十分な酸素を必要とします。
鉄分が不足すると酸素供給が滞り、髪の成長が妨げられて薄毛や抜け毛につながります。
特に、体内の貯蔵鉄を示す「フェリチン」の値は重要です。
通常の健康診断で行う血清鉄の検査では正常でも、フェリチンが不足している「かくれ貧血」の女性は非常に多く、これが薄毛の大きな原因となっている場合があります。
亜鉛不足が髪に与える影響
亜鉛は、髪の主成分であるケラチンというタンパク質の合成に不可欠なミネラルです。また、細胞分裂や新陳代謝にも深く関わっています。
亜鉛が不足すると正常な髪の毛を作れなくなり、髪の成長が阻害されたり、円形脱毛症の一因になったりする場合もあります。
亜鉛は体内で作れず、食事からの摂取が必要です。加工食品の多い食生活や過度なダイエット、ストレスなどで不足しやすいため注意が必要です。
髪の成長に重要な栄養素
| 栄養素 | 主な役割 | 不足による影響 |
|---|---|---|
| 鉄(フェリチン) | 全身への酸素運搬 | 毛母細胞の活動低下、成長阻害 |
| 亜鉛 | ケラチンタンパク質の合成 | 髪の生成不良、成長阻害 |
| ビタミンB群 | 頭皮環境の維持、代謝の補助 | 皮脂の過剰分泌、頭皮の炎症 |
ビタミンB群・ビタミンDの重要性
ビタミンB群は、頭皮の健康を保つ上で重要な働きをします。
特にビタミンB2やB6は、皮脂の分泌をコントロールし、頭皮のターンオーバーを正常に保つ役割があります。不足すると脂漏性皮膚炎などを引き起こし、頭皮環境の悪化から抜け毛につながる場合があります。
また、近年注目されているのがビタミンDです。ビタミンDは免疫機能を調整する働きがあり、毛周期の休止期から成長期への移行を促す可能性が示唆されています。
検査結果の読み解き方と注意点
血液検査の結果を受け取った際、数値が基準値の範囲内に収まっていると「問題なし」と考えてしまいがちです。
しかし、髪の健康という観点では、基準値内であっても注意深く見る必要があります。数値の解釈には専門的な知識が求められ、自己判断は禁物です。
基準値の範囲内でも注意が必要なケース
検査機関が設定する「基準値」は、多くの健康な人のデータを基にした統計的な範囲であり、個人にとっての理想的な値とは限りません。
例えば、甲状腺ホルモンのTSHや貯蔵鉄のフェリチンは、基準値内であっても、下限に近かったり上限に近かったりする場合があります。
このような「グレーゾーン」の状態でも、人によっては薄毛や体調不良の症状が現れるときがあります。特に症状がすでにある場合は数値を鵜呑みにせず、専門医に相談することが重要です。
TSH/FT4/FT3の数値から考えられる状態
| TSH | FT4 / FT3 | 考えられる状態 |
|---|---|---|
| 高い | 低い | 甲状腺機能低下症 |
| 低い | 高い | 甲状腺機能亢進症 |
| 正常~やや高い | 正常 | 潜在性甲状腺機能低下症の可能性 |
他の要因との関連性を考える
血液検査の数値は体からの重要なメッセージですが、それが全てではありません。薄毛や体調不良は、複数の要因が複雑に絡み合って起こるケースが多いのです。
例えば、鉄不足が甲状腺ホルモンの働きを悪くする場合もありますし、ストレスがホルモンバランス全体を乱すこともあります。
検査結果を一つの情報として捉え、ご自身の生活習慣や食事、ストレス状況やその他の病歴などと総合的に照らし合わせて原因を探っていく視点が、根本的な解決には必要です。
検査を受けるタイミングと体調
甲状腺ホルモンの値は、一日の中でもわずかに変動します。また、極度のストレスや睡眠不足、風邪などの体調不良、服用中の薬(特に経口避妊薬やステロイドなど)によっても影響を受けるときがあります。
そのため、検査を受ける際は普段通りの生活を心がけ、体調が良い時に受けるのが望ましいです。
もし服用中の薬がある場合は、事前に医師に伝えておきましょう。正確な診断のためには、これらの背景情報も重要な手がかりとなります。
「なんとなく不調」に隠れる甲状腺のサイン
多くの女性が日々感じる「なんとなく調子が悪い」という感覚の背後に、見過ごされがちな甲状腺のサインが隠れている場合があります。
薄毛の悩みでクリニックを訪れる方々の話を伺うと、髪の変化だけでなく、様々な体の不調を同時に抱えているケースが少なくありません。
ここでは、ご自身の体を深く理解するための視点をお伝えします。
髪以外のささいな体調変化を見逃さない
甲状腺機能の乱れは、非常に多彩な症状として現れます。
「最近、以前ほど活動的になれない」「理由もなくイライラしたり、落ち込んだりする」「手足がいつも冷たい、または火照る」「肌がカサカサする」「便秘や下痢を繰り返す」など、一つ一つはささいな変化かもしれません。
しかし、複数の症状が同時に、あるいは時期をずらして現れる場合、それは体が発している重要なサインである可能性があります。
髪の変化は、そうした全身の不調の一部として現れているのかもしれません。
ストレスや更年期と間違えやすい症状
甲状腺機能の異常による症状は、多忙な現代女性が抱えがちな「ストレス」や、40代以降の女性に訪れる「更年期」の症状と非常によく似ています。
このため、「仕事が忙しいから仕方ない」「もう年齢のせいだから」と自己判断してしまい、根本的な原因に気づかないまま時間が過ぎてしまう方がよくいます。
しかし、原因が甲状腺にあれば、適切な治療によって改善が期待できます。思い込みで片付けず、専門家の視点で原因を探ることが大切です。
自分の体を「定点観測」する
自分の健康状態を正しく把握するためには、普段の自分を知っておくと良いです。
平熱は何度か、普段の体重や体脂肪率はどうか、月経周期は安定しているか、寝つきや目覚めはどうか、といった自分の「基準値」を知っておくと、わずかな変化にも気づきやすくなります。
「いつもと違う」という感覚は、非常に重要な診断の手がかりです。
不調の記録が診断の助けになる
もし体調の変化を感じたら、簡単なメモで良いので記録する習慣をつけてみましょう。
「いつから」「どんな症状が」「どんな時にひどくなるか」「髪の状態はどう変化したか」などを書き留めておきます。この記録は、医師が診断を下す上で非常に貴重な情報となります。
客観的な血液検査のデータと、ご自身の主観的な症状の記録の二つを組み合わせると、より正確に体の状態を理解し、適切な治療へとつなげられます。
甲状腺疾患が原因の場合の治療
血液検査の結果、薄毛の原因が甲状腺疾患にあると診断された場合、まずはその原因疾患の治療を優先します。
甲状腺の機能が正常化すると、髪の毛を生み出す毛母細胞も正常な働きを取り戻し、薄毛の改善が期待できます。治療は主に内科や内分泌代謝科の専門医が行います。
内科・内分泌科での専門的な治療
甲状腺疾患の治療は、専門的な知識を持つ医師のもとで行うのが重要です。
診断に基づき、甲状腺機能低下症なのか、亢進症なのか、またその原因疾患(橋本病、バセドウ病など)は何かによって治療方針が決まります。
定期的な血液検査でホルモン値を確認しながら、薬の量を調整していく、根気のいる治療です。
自己判断で治療を中断したり、薬の量を変えたりするのは絶対に避けてください。
甲状腺疾患の主な治療法
| 疾患のタイプ | 主な治療法 | 目的 |
|---|---|---|
| 甲状腺機能低下症 | 甲状腺ホルモン薬の内服 | 不足している甲状腺ホルモンを補充する |
| 甲状腺機能亢進症 | 抗甲状腺薬の内服 | 甲状腺ホルモンの過剰な産生を抑制する |
| 甲状腺機能亢進症 | アイソトープ(放射性ヨウ素)治療 | 甲状腺の細胞を減らし、ホルモン産生を抑える |
甲状腺ホルモン補充療法
甲状腺機能低下症(橋本病など)の場合は、不足している甲状腺ホルモンを薬で補う「甲状腺ホルモン補充療法」が基本となります。
毎日決まった量の薬を内服して、血液中のホルモン濃度を正常範囲に保ちます。
適切にコントロールされれば副作用の心配はほとんどなく、体調も改善していきます。多くの場合、長期間にわたる服用が必要です。
抗甲状腺薬による治療
甲状腺機能亢進症(バセドウ病など)の場合は、甲状腺ホルモンの過剰な産生を抑える「抗甲状腺薬」の内服から始めるのが一般的です。
薬の副作用(かゆみ、発疹、肝機能障害など)に注意しながら、定期的な検査でホルモン値をモニタリングし、薬の量を調整します。
薬物治療でコントロールが難しい場合は、アイソトープ治療や手術が選択されるときもあります。
治療開始後の髪の変化と期間
甲状腺の治療を開始しても、すぐに髪が生えてくるわけではありません。乱れた毛周期が正常なサイクルに戻るには、時間がかかります。
一般的に、治療によってホルモンバランスが安定してから3ヶ月から6ヶ月ほどで抜け毛が減り始め、新しい髪の成長が感じられるようになる方が多いです。
髪が元の状態に回復するまでには、半年から1年以上かかるケースも珍しくありません。焦らず、根気強く治療を続けましょう。
生活習慣で見直すべき髪のためのポイント
甲状腺の治療と並行して、日々の生活習慣を見直すことも、健やかな髪を取り戻すためには重要です。
食事や睡眠、ストレスケアなど、髪の成長をサポートする土台を整えましょう。
栄養バランスの取れた食事
髪は「食べたもの」から作られます。特に、髪の主成分であるタンパク質、ケラチンの合成を助ける亜鉛、血行を促進するビタミンEなどを意識して摂取しましょう。
ただし、甲状腺疾患のある方は、ヨウ素の摂取に注意が必要です。
昆布などの海藻類に多く含まれるヨウ素は甲状腺ホルモンの原料ですが、過剰に摂取すると甲状腺機能に影響を与えるときがあります。特に橋本病の方は、過剰摂取を避けるよう指導される場合があります。
医師の指示に従い、バランスの取れた食事を心がけてください。
髪の健康に良いとされる食品群
- 良質なタンパク質(肉、魚、卵、大豆製品)
- ビタミン・ミネラル豊富な緑黄色野菜
- 亜鉛を多く含む食品(牡蠣、レバー、ナッツ類)
ストレス管理と十分な睡眠
過度なストレスは自律神経やホルモンバランスを乱し、血管を収縮させて頭皮の血行を悪化させます。これは髪の成長にとってマイナスです。
自分に合ったリラックス法を見つけ、心身を休ませる時間を作りましょう。
また、髪の成長を促す成長ホルモンは、深い睡眠中に最も多く分泌されます。毎日6時間から8時間の質の良い睡眠を確保すると、髪の再生と成長に直接つながります。
寝る前のスマートフォン操作を控えるなど、安眠できる環境を整える工夫も大切です。
頭皮環境を整えるヘアケア
健やかな髪は、健康な頭皮から生まれます。洗浄力の強すぎるシャンプーは避け、アミノ酸系などのマイルドな洗浄成分のものを選びましょう。
洗髪時は爪を立てず、指の腹で優しくマッサージするように洗い、すすぎ残しがないように注意します。
洗髪後はドライヤーで髪だけでなく頭皮までしっかり乾かし、雑菌の繁殖を防ぎましょう。頭皮の血行を促進するマッサージを取り入れるのも良い方法です。
よくある質問
さいごに、女性の甲状腺疾患と薄毛に関して良くいただく質問をまとめます。
- 血液検査はどこで受けられますか?
-
甲状腺の機能を調べる血液検査は、内科、内分泌代謝科、婦人科などで受けられます。
薄毛や体調不良など気になる症状がある場合は、まずはお近くのかかりつけ医に相談するか、甲状腺を専門とする医療機関を受診することをおすすめします。
女性の薄毛専門クリニックでも、原因検索の一環として必要な血液検査を実施しています。
- 甲状腺の薬を飲めば髪は必ず元に戻りますか?
-
薄毛の原因が甲状腺疾患のみであれば、適切な治療によってホルモンバランスが正常化すると、髪の状態は改善に向かう可能性が高いです。
しかし、女性の薄毛は、鉄分不足や他のホルモンバランスの乱れ、遺伝的要因など、複数の原因が重なっている方も少なくありません。
甲状腺の治療を行っても髪の回復が思わしくない場合は、他の原因も探り、総合的な取り組みが必要になることがあります。
- 市販の育毛剤は使っても良いですか?
-
甲状腺疾患の治療中は、まず原因疾患の治療に専念することが第一です。市販の育毛剤を使用したい場合は、必ず主治医に相談してください。
特にヨウ素を含む製品(昆布エキスなど)は、甲状腺の機能に影響を与える可能性があるため、自己判断での使用は避けるべきです。
治療と並行して頭皮環境を整える目的で、保湿成分や血行促進成分が主体のマイルドな頭皮用美容液などを使用するのは良いでしょう。
- 家族に甲状腺疾患の人がいると、私も薄毛になりますか?
-
バセドウ病や橋本病などの自己免疫性の甲状腺疾患は、遺伝的な要因が関与することが知られています。そのため、ご家族に甲状腺疾患の方がいる場合、ご自身も体質を受け継いでいる可能性はあります。
しかし、遺伝的素因があるからといって必ず発症するわけではありません。ストレスや感染症、妊娠・出産などが引き金となって発症する場合があります。
ご家族に既往歴がある場合は、薄毛や体調の変化に普段から気を配り、気になることがあれば早めに検査を受けると良いでしょう。
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