- メスを使わないFUEは実はキズ跡が大きく残る
- メスを使うFUT法のほうがキズ跡の総面積が小さくなる理由
- FUE推しクリニックとFUT推しクリニックの広告宣伝手法を比較してみる
- 大手植毛クリニックの功罪(まとめ)
植毛手術を受けることを決めて色々調べていくうちに、
- メスを使わず毛根を後頭部からくり抜くFUE法
- メスで後頭部の頭皮をはぎ取って縫い合わせるFUT法
上記2つの術式があるらしいという情報までたどり着いた人はいると思います。でも「メスを使わないからキズ跡が残らない」と宣伝されているFUE法のほうが実は傷跡の総面積がはるかに大きくなる、という事実をあなたはご存じでしたか?
この記事では、国内の植毛手術でシェア9割を超えるFUE法の「地雷」について警告の意味も込めて解説していきます。
この記事の執筆者
藤田 英理 内科総合クリニック人形町 院長
東京大学医学部保健学科、横浜市立大学医学部を卒業。虎の門病院、稲城市立病院、JCHO東京高輪病院への勤務を経て内科総合クリニック人形町を開院。総合内科専門医。AGA治療や生活習慣病指導も行う。
実はキズ跡が小さいのがFUTでFUEはキズ跡が大きく残ります
藤田先生、まずは通称FUE(エフユーイー)と呼ばれるメスを使わない植毛術式について解説をお願いします。
分かりました。手術後の傷跡の計算式も含めて説明していきますね。
解説いたします
FUE法を推している大手植毛クリニックではおおむね以下のことが公式サイト上に書かれてあります。
- メスを使うFUT法は線状のキズが手術の跡に残ってしまう
- 一方、FUE法は幅広い場所から分散して髪の毛を採取するのでキズ跡が目立たない
これが本当かどうか検証してみましょう。
グラフトとは?
植毛手術の後にどれだけのキズ跡が残るかを検証するために「グラフト」についての解説が先に必要なので説明しますね。
髪の毛は1つの毛穴に2~3本髪の毛が束(たば)になって生えていて、この髪の毛の束のことを植毛クリニックでは「グラフト」あるいは「株」と呼んでいます。
※以下「グラフト」として説明します
髪の毛が細い欧米人の場合1グラフトにつき平均2.5本、髪の毛が太い日本人の場合1グラフトあたり約2本の髪の毛が生えています。つまり1,000本移植したいなら、日本人は後頭部から500グラフト採取する必要があります。
後頭部から髪の毛を採取する時に使うパンチグラフト
FUE法ではメスの代わりに「パンチグラフト」「パンチブレード」「ニードル」などと呼ばれている医療器具を使い、AGAの影響を受けない毛根が元気な後頭部から1グラフトづつ採取していきます。
ここで大手の各クリニックがどれくらいのサイズ(直径)のパンチグラフトを使っているか紹介します。
- 湘南美容クリニック:1.20mm
- アイランドタワークリニック:0.83~0.80mm
- 親和クリニック:0.83~0.79mm
- アスク井上クリニック:0.80~0.50mm
細いほど難易度が高く0.80mm以下のパンチグラフトは腕に自信のある先生しか使いません。新米植毛医は太いパンチグラフトから使い始めて徐々に難易度を上げ、細いもの(0.80mm以下)に挑戦していきます。
湘南美容クリニックや聖心美容クリニック、TOMクリニックなどでは「ARTAS(アルタス)」という植毛ロボットを使い、ニードル(パンチグラフトみたいなもの)と呼ばれる医療器具で後頭部から髪の毛を採取していきます。
植毛ロボットで使用するニードルの直径は1.20mmなので、FUE法ではかなり大きなサイズです。今のところまだ、ロボットより人間の手のほうが技術力が高い、という一つの証拠になります。
計算がややこしくなるので、パンチグラフトの直径は0.8mmとして説明を続けます。また、便宜上ドナーロスは無い事として計算。計算式は下記の通りです。
(半径 × 半径 × 3.14(円周率)) × 採取したグラフト数 = キズ跡の大きさ
上記を元に、2,000グラフト(髪の毛換算すると約4,000本)を採取する計算式はこう(↓)なります。
0.4mm × 0.4mm × 3.14 = 0.5024mm²
0.5024mm² × 2,000箇所 = 1,004.8mm²
つまり、総面積にして約10㎠(太さ1cmで幅10cmのイメージ)のキズ跡が2,000箇所に分散して後頭部に残る、これがFUE法の実際の傷跡です。
メスを使うFUT法のほうがキズ跡の総面積が小さくなる理由
一方、「メスを使うFUT法は植毛手術の後に線状のキズ跡が残ります!目立ちます!坊主にできなくなります!」とFUE法を推しているクリニックがネガティブキャンペーンを仕掛け、大きくシェアを落としているFUT法のキズ跡を計算します。
後頭部のグラフト密度は1㎠あたり約60グラフトくらいなので、2,000グラフトに必要な面積は以下です。
2,000 ÷ 60 = 33.3㎠
つまり、メスを使うFUT法で2,000グラフト採取するためには、頭皮を約33㎠剥ぎ取ることになります。
「なに?FUTはFUEの3倍のキズ跡が残るということ?」
というツッコミは少しお待ちください。続きがあります。
FUT法では、メスで剥ぎ取った33.3㎠のキズ跡を糸で縫合するので、キズ跡の面積は下記画像のように。「約1/10」くらいの大きさまで縮小されます。
その結果、
33.3㎠ ÷ 10 = 3.33㎠
という計算式になり、2,000ドラフトの植毛手術をした後に後頭部に残るキズ跡の総面積はこう(↓)なります。
- FUE法(メス不使用):10.04㎠
- FUT法(メス使用) : 3.33㎠
実際は、「線状のキズ跡が残る」と叩かれているFUT法のキズ跡の総面積はFUE法の1/3程度です。逆の言い方をすると、「キズ跡は残りません(キリッ!)」と宣伝しているFUE法は、FUT法の3倍のキズ跡が後頭部に残るという事実が浮かびあがります。
またFUEでの植毛を複数回行うと、下記のイラストのようにどんどん白い穴が増えていき虫食い状に。
さらに後頭部から採取する際、斜めに生えている毛に対してはパンチグラフトも下記画像のように斜めに傾けて頭皮に刺します。
45度の角度で刺した場合にできるキズ跡は、楕円面積の公式に当てはめて計算すると、垂直にパンチグラフトを入れた場合に比べて1.415倍大きくなります。
直毛と言われている人でさえ頭皮に対してまっすぐ生えている髪の毛はほとんどありません。
つまり、パンチグラフトやニードルを使って行うFUE法の術後のキズ跡「FUT法の3倍の総面積になる」は「最小値」であ、実際にはパンチグラフトはほとんどの場合斜めに入れて髪の毛を採取するので、「キズ跡はFUT法の3.5~4.0倍になる」ことが計算から分かります。
衝撃的ですよね。キズ跡が残らない、あるいはキズ跡が目立たないという宣伝を信じFUEで手術したら、実際には総面積にしてFUTの3.5~4.0倍のキズ跡が残ってしまうなんて。
欧米でFUE法の植毛をした患者さんが植毛クリニックを訴え、社会問題化しているのもこれで頷けますよね。日本でも数年前に医療ロボットを使ったFUE法で後頭部に大きな傷跡が残った患者さんが、手術したクリニックに日本刀を持って乗り込んで警察に逮捕された事件がありました。
いくら被害を受けたからといって日本刀を持ってクリニックに乗り込むのは言語道断ですが、気持ちは分かります。例えば私がリフトアップなどの整形手術を受けて、翌日鏡を見たら顔に大きな傷跡が残っていたとしたら、、、
FUE推しクリニックとFUT推しクリニックの広告宣伝手法を比較してみる
FUE推しのクリニックがどうやってお客さまを誘導し巧妙に広告宣伝しているかを検証してみます。
上記は某FUE系クリニックの公式サイトからキャプチャーしてきたものです。ツッコミどころ満載すぎですよね。
麻酔は痛いし、手術後に麻酔が切れるとチクチクした痛みが残ります。「FUT法と比較すると痛みはかなり少ない」なら大丈夫ですが、「痛みがなく」はいただけませんね。
「傷跡も残らない」はすでにツッコんだようにウソです。パンチグラフトでくりぬいた所に丸く白いキズ跡が残りますから。例えば、5,000グラフトをFUE法で植毛したら、丸く白いキズ跡が5,000箇所後頭部に残るので丸刈り(坊主頭)はできなくなります。
「余計な傷をつけることなく採取が可能」がもし本当なら毛根切断率はゼロになるはずですが、国際毛髪外科学会の資料によればFUE法(植毛ロボット除く)の毛根切断率の国際平均値は約30%です。
平均値が30%なので、新米の先生だと毛根切断率が40%近くになることもあるということ。本当に怖い話です。
また、植毛ロボット(FUE法の一種)は国際毛髪外科学会によれば毛根切断率が40%を大きく超え、それゆえ今年の学会では話題にもあがらなくなっています。日本だけです、植毛ロボットが広まっているのは。
FUE法の大家である某先生は「私で毛根切断率は5%以下」とおっしゃっていますが、そんなことは絶対にあり得ません。
もしFUEでの毛根切断率が本当に5%以下なら、文字通りの「行列のできる植毛クリニック」になれ、相場の倍の料金設定にしても患者さんは世界中から駆け付けると思います。
大手植毛クリニックの功罪(まとめ)
FUE法は日本でここ10年くらいの間に、国内最大手(植毛シェア率6割)の植毛クリニックによって一気に広まりました。
FUE法はキズ跡が面積を縮小することなくそのまま残るので、大量の植毛には向いていません。大量の植毛に向いているのは、線状のキズ跡は残るものの、キズ跡の面積が縫合によって1/10まで縮小されるFUT法。
これは世界的な権威である国際毛髪外科学会の見解です。
FUEは採取時点ですでに株分けされているので、FUTより一手間手術の工程が少なく、そのため手術に必要なスタッフの数を減らすことができ、クリニック側にとっては(固定費が下がるので)利益率が高くなります。
ビジネス優先で考えればFUEを選択したい気持ちはわからないでもありません。でもそれは、「患者を食い物にしている」ことに他ならないので、医師としての倫理観を持っているなら、手間暇のかかるFUT法を習得し、FUEとFUTの両方を紹介し手術法を患者自身に決めてもらうべきです。
植毛手術をして、「やっと薄毛の悩みから解放される。これからはバラ色の人生だ。」と喜んだのもつかの間、後頭部がスカスカになっていることをもし知ったら、私なら生きていく自信が根っこから折れてしまいます。
大手植毛クリニックにお願いです。
欧米では無謀な(=大量の)FUEで患者さんの後頭部が穴だらけになり、訴訟が多く起こされ社会問題化していることはご存じのはずです。それなのに、なぜFUE一色に走るのでしょうか。
FUE法で採取して良いグラフト数は最大でも3,000グラフトまで。4,000グラフト超え、ましてや5,000グラフト以上をFUEで植毛したら後頭部がひどいことになるのは分かっているはずです。
今からでも遅くありません。丁寧にカウンセリングを重ね患者さんと向き合い、AGAの進行で将来にわたり大量の植毛が必要なことが明らかな患者さんにはFUEの短所も説明してあげてください。
以上